2014年9月30日火曜日

リクルート新卒で教わった話 ビジネスは何を言うかより 誰が言うか

売れなかった25年前の新卒時代当時。
悶々としていた私に当時の上司先輩が教えてくださった言葉。
それを弊社社員用にまとめてみました。


「ビジネスは何を言うかより
誰が言うか」

・同じ事を言っても聞いてもらえるかどうかはその人との信頼関係による

・信頼関係は目の前の仕事の積み重ね。相手の期待を裏切るか少し超えるかで大きな差になってくる

・信頼関係を逸した後は何を言っても取り返せない。

・信頼残高がどれくらい高くできるかどうかがポイントだ。

・ポイントは思いやりを持ったまめさ。

・相手にとって痒いところに手が届くような
「気配り、目配り、心配り」
は必ず、信頼という形になってあなたにかえってくるだろう。

もう少し具体的に言えば
お客様を訪問する時あなたはその会社のことを把握しているだろうか?
・従業員数、売り上げ、沿革、商品と言ったものはもとよりその会社の
現状、NEWS。
最低限知らずに会話するのは失礼の極みだ。
また、今日の面談の目的目標はなんだろう?お互いのメリットは?
そして相手の方のバックボーンや立場とは?

常に意識して取り組んだらどうだろうか?
自分が変われば視点が変わり
視点が変われば気配り、目配り、心配りが変わり
その結果、相手の方への信頼残高高まり、自分に還ってくる。

繰り返すが、自分の尺度で決して判断しないこと。
「メール送ったらみといてよ」、と

売り込んでくる営業マンがそんな感じだったら
あなたはどう感じるだろうか?

定型文のコピペと思わしきお祈りメール送られた気分はいかがだろうか?

僕らの相手しているのは人間。何を言うかより
誰がいうか

常に意識して行こう

2014年6月12日木曜日

第十六回 仲間に恵まれた話


会社を設立して3年以上が経ちました。

大手中心にいた自分には考えられないほどの色々な経験をすることが出来ました。
設立の準備をし、ようやく登記も済んだその三日後に未曾有の震災を経験しこれから
どのようにしていけばいいのかと途方にくれたこともありました。

最初に始めた「WEB大手」「ソーシャルゲーム大手」にアプリの開発ができる「ハイエンドの技術者」を紹介して行く仕組みも
いい時ばかりではなく、お客様の顔ぶれの変化やマーケットの移り変わりで信じられないくらいの浮き沈みを経験しました。

人材と受託から始めた事業も、ソーシャルゲームの絵の受託から、広告代理、戦略PRまで領域を拡大し、
アプリでマーケティングを行いたいお客様にワンストップでお手伝いをしていく、という起業を志した際に
思い描いたものもだいぶ形になってきました。

気がつけば仲間も増え、いつしか20人を超えるまでになりました。


その仲間も様々な縁があり加わってもらったのです。
半数は新卒の子たちで口コミで仲間が仲間を呼ぶ形で集まってくれました。

私自身は強い個性で皆を引っ張るタイプではありませんので、どうしたら皆に気持よく
働いてもらえるか、仲間として魅力的な「場」を提供できるかを常に考えていました。


先日、小学館の大辞泉の広告のあなたの言葉を辞書に載せよう、というキャンペーンに
に応募したところご採用頂き、日経朝刊の全面に私の言葉が掲載とあいなりました。


お題はあなたにとって社長とは。

「夢を持ち、その夢に共感し一緒に航海してくれる自分より優れている
仲間を探す仕事。彼らの能力に、素直に共感できる感性が必要。」

本当にずっとそう思っております。
これからもずっと一緒に航海してもらえる夢に共感いただける仲間、随時募っておりますので皆様引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。


これでこの項は終わり、次回以降は日々の気付きについて書かせていただきます。



2014年5月16日金曜日

第十五回 起業の事業内容を決めた話

最高の能力を持つ、沼田、小田倉という盟友を得て、企業のマーケティング活動にスマートフォンやソーシャルメディアを駆使するビジネスモデルを提案していこうと思いました。


タイミングはちょうどスマートフォンが世の中に出始めたタイミングでした。
今までのガラケーから、世界標準のフォーマットのスマートフォンにいずれ切り替わる。

その時、企業のマーケティングはスマートフォンをフルに使ったものになる。
つまり、SNSに代表される「ソーシャルネットワーク」や「スマートフォンアプリ」
が主力だ。来るべきその日のために最先端のアプリ開発のノウハウとマーケティングの
ノウハウを貯めて、企業のマーケティングをお手伝いしたい。

ただし、仮説に基づく提案営業となると足が長い。
起業とは刻々と消費されるコストと得られる収益の足し算引き算しかないと思っておりましたので、先ずはなんとしても「収益」が確定することをしなければならない。

我々の資本は微々たるもので、しかも三人とも結婚をして家族もいます。

企業のマーケティングを「ソーシャルネットワーク」や「スマートフォンアプリ」でお手伝いする事業目的とし、そのために出来ること、するべきこと、確定しなければならないことをまとめました。

・仕入原価が発生しない
・在庫が発生しない
・支払いの前に入金が確定し、キャッシュフローを毀損しない
・企業のニーズがまず発生し、発生したニーズを解決する方法を考える。
(仮説提案営業は時間がかかるものなのです。。。)

・今、ナショナルクライアントのマーケティングの主力はWEBもしくはガラケーでスマフォやソーシャルはまだまだ。
・しかしながらリクルートさんや楽天さんそしてサイバーエージェントさんと言ったWEB大手企業は既にアプリをマーケティングの中心にすべく開発に着手している。

(端末がガラケーからスマフォに移行すれば確実にアプリがマーケティングの主戦場になる)
これは図らずも当時一番売れてたのがGREEさんの釣りゲーム(WEB)だったのがガンホーさんのパズドラに取って代わられたことが証明しております)

上記を鑑みて、たどり着いたビジネスモデルはアプリでマーケティングを行う「WEB大手」にアプリの開発ができる「ハイエンドの技術者」を紹介して行く仕組み 。

となりました。能力がありながら機会や人脈に恵まれないエンジニアの方と
ニーズがありながら解決できるハイエンドのエンジニアさんがいない大手との
マッチングを果たすことになります。


学生時代、自分に向いていないエンジニアの勉強を悶々としながら
自分の人生を模索していた私にとっては自ら機会を見つけれない方に
いい機会を提供したい、という一番やりたかった仕事でもありました。

2014年4月17日木曜日

第十四回 人生最大の仕事のパートナーを見つけた話

起業のための仲間探しに二回転職をしました。

エンタメのオリコンとモバイルのサイバードです。
大好きだったエンタメとモバイルの仕事。
それぞれ、人に恵まれて本当に大事な出会いが沢山ありました。

最終的に人生最大のパートナー二人はサイバードで見つかりました。

その二人の名は沼田と小田倉。
それぞれ私より10歳、9歳年齢は違いますが、感性や志は一緒でした。

沼田はYahoo!JAPANの新卒一期生で一言で表現すれば、

「課題意識とバイタリティの塊」

ビジネスに対する姿勢は前のめりすぎるぐらいで集中しすぎると
周囲の音も聞こえなくなるほど。
持ち前の課題意識解決のスタンスで情報収集し顧客の潜在的課題を先回りして設定し、課題策まで「自分ごと」として熱意をもって提案する。

ですからクライアントからの評価も絶大でメガバンクを筆頭にナショナルクライアントの信頼をガッチリつかんでいる。
いわゆるどこに行っても生きていけるタイプで、かつ、世代的にネット周りの知人が非常に多い。

小田倉は日立系のSIRからサイバードに転身後はモバイル一筋。
後半はPMとして大事なお客様の案件を一手にひきうけるまさに技術のキーマン。

風貌からしてザッツエンジニアですが、彼の真骨頂はたぐいまれな「課題解決力と人間味」寡黙な風体でクライアントの悩みを包み込み、課題解決までの道筋を先回りして用意してあげる。ほとんど不可能とも思える課題感も納期、クオリティとも落としたことなく確実に結果を出す

独立した今でも彼を指名でお客様が相談に来られる、そんなスーパードクターKそのものの存在です。

そして私の最大の強みは「愛されキャラ」を生かしたリクルート内外の人脈です。

特にリクルート時代は先輩後輩問わず、とにかく誰とでも仲良くするようにしてきました。

いずれ外に出て外部の人となった時に気持ち良くあってもらえるために。

そして自分自身の強みは「愛されキャラ」を生かした人と人のマッチングだと思っておりましたので盟友を得て、今こそ、その時が来たのです。

私は最高の能力を持つ、沼田、小田倉を私の大切なお客様や先輩後輩に紹介でき、課題解決出来ることに身震いを覚えたことを記憶しています。

タイミングはちょうどスマートフォンが世の中に出始めたタイミングでした。

今までのガラケーから、世界標準のフォーマットのスマートフォンにいずれ切り替わる。

その時、企業のマーケティングはスマートフォンをフルに使ったものになる。

つまり、SNSに代表される「ソーシャルネットワーク」や「スマートフォンアプリ」が主力だ。来るべきその日のために最先端のアプリ開発のノウハウとマーケティングのノウハウを貯めて、企業のマーケティングをお手伝いしたい。

20年以上前に田舎のTV で見たリクルートのCMのように新しい価値で世の中を変えていく。

私はすっかり燃え上がっていました。

その時、もう社名は決まったも同然です。

創った会社はスマートソーシャル株式会社

新しい一歩はそのようにして踏み出されたのでした。
スマートソーシャル 酒井

http://www.smartsocial.co.jp/company/

2014年4月9日水曜日

第十三回 何を目的の転職かという話

落合さんの生き方をモデルに
自分が自分らしく
好きで楽しく生き生きと
かつ社会に貢献できる仕事を続けて行きたいと考えました。

自分がしたい事、できる事、するべき事はなんだろう?

ただ漠然と考えていてもわからない。
人間、自分のことが特にわからないものです。

ですので今まで生きてきた中で
仕事を通じてとにかく嬉しかったことを
思い出しました。

新人で入社してから嬉しかったことといえば

・営業で他の人と違う自分なりの業界を発掘し鼻が利くと褒められたこと。
・新商品を企画し、立ち上げ、販売したこと。
・企画したマーケティング手法が全社横断プロジェクトに採用され新規事業となったこと。
・自ら考えた広告コンセプトを提案しお客様のマーケティングスタイルを変えたこと。
・自分が携わった仕事で人生が変わったとエンドユーザーの方に聞いたこと。

自分なりのやり方で「新しい価値」を提案し、それが受け入れられ、貢献できた時に
喜びを見いだすということがわかってきました。
そして自分自身の経験から可能性を閉ざされた人たちに「機会」を紹介する仕事がしたいとも強く感じました。この思いは当然今も変わっていません。

自分のしたい事はおよそ定まりましたが、肝心なのはどの場所で
それをするかです。

落合さんの人生の話じゃないですが、ステージ選びを間違えると大変な事になる。
楽しすぎて結局18年もリクルートに居続けましたので私はとうに不惑を超えておりましたし
子供も二人おりました。ここに来ての失敗は許されない。

ですので、入社の時と同様に過去事例から分析をし、どのようにしたら良いかを考えました。

リクルートの先輩たちのセカンドキャリアのパターンは以下のようになります。

転職パターン
A:大手有名企業に華麗なる転身。
B:ベンチャーに転身でIPO目指す(起業含む)
C:老舗企業のイノベーションのお手伝い(社長の片腕)
D:クライアントへ転身


そして以下が独立パターン
E:凄腕フリーコンサルタントとして独立
F:起業 会社
G:起業 飲食店

そもそも特に能力がなかった私が仕事ができたのも、とんでもなく優秀な
周囲のリクルートの人々に支えていただいていたから。
この事は在籍中から強く感じていました。ですので単純にAからDの転職をし、
自分の能力で勝負し生きて行くというのはあまりに危険だと感じました。
特に社外の方のリクルートOBに対する印象とか評価はそもそも総じて高いのです。
自分の良さはリクルートという土台で「周りに支えられていた」から発揮できていた、
というのは入社時から変わらない気持ちでした。

ですので、EからGなんですが、性格的にEでもない。まして料理なんてからっきし。
消去法の中でFと決めたのですが、やることも定まらないFは愚の骨頂。

そこで、逆転の発想でFを実現するため、一緒にやれる「仲間を探し」に
転職しようと決めました。

ただ、仲間を探すと言っても自分にもセールスポイントがないと困ります。
自分の最大のセールスポイントは誰からも嫌われない

「愛されキャラ」

でリクルート在籍中にその強みで築いた「先輩後輩のネットワーク」でした。
そしてそれは起業以来、ずっと私を助けてくれています。
自分の強みを最大限に活かすための旅立ちを始めたのです。

スマートソーシャル 酒井


2014年4月1日火曜日

第十二回 自己実現はどこでする?を考えた話

私が考えた
落合さんが「一番好きな事」とは
「自己実現」で

・プロ野球は結果が求められる競技
・一番大事な結果を出すために何ができるか考え
・世の中で常識と言われていることを疑い
・結果を出すために非常にフラットに時には逆から考え
・考えた事を実践すること

これがいわゆる
「俺流」
と言われ、時に嫌われることになるのではないでしょうか。

でなければ能力を嘱望されながら何回もいじめで高校大学で野球部の入退部繰り返すはずがない。
そして大学はついに中退してしまった。

「自己実現」するための道を探し続け、そしてその事が一番好きな事なんじゃないかな、と思います。

切り口を変えれば、自己実現を叶えるための手段が仮に一般ビジネス、IT開発、クリエイティブでもそれが他の何よりも出来たとすれば好きな仕事になったと思います。

余談ですが、落合さんは大学中退した後プロボウリング選手になろうと行った試験会場で交通違反をし、反則金の支払いで試験を受けれず、東芝府中で野球を続けることができたと。
当時社会人の中で同じ東芝グループでも弱小だった府中は彼の「俺流」
そう、「自己実現」を叶えるとしては「最高の場所」だったのです。


そして、彼は熱狂的なガンダムマニアでもあります。センスあったらアニメの仕事してたかもしれませんね。

ちなみに落合さんは79年にプロ野球に入りました。日本のプロ野球史上最大事件と言われる「江川事件、空白の一日」のあの年です。

この年、ジャイアンツはすったもんだの挙句、ドラフト会議をボイコット。
その実現しなかったドラフト指名の二位の欄には彼の名が。

後に彼は成功した後にジャイアンツに入団しますがあのまま新人入団していたらどうだったでしょうか?

規律と伝統を重んじ、異端を容易に認めない日本最高の歴史を持つ球団の「社風」では勝手に常識をゼロベースにする彼は単なる結果も出てないのに「変な奴」で終わったのでは無いのでしょうか。

そして運命のいたずらで入団したロッテは閑古鳥のなく川崎球場を本拠地とする野武士集団。プレーする選手より観客が少ないなんてことも。
ただそれでも彼のやり方は上層部から大分批判されたようです。
それでも活躍のチャンスがあったのは巨大な戦力を有するジャイアンツと違い「層が薄かった」からだそうです。使わざるを得なかったんですね。

彼が自己実現できたのも結果がともなったからで、「目先の仕事で結果を出し」「信頼を勝ち得て」いかなければそもそも「自己実現」なんてできないという話です。

その事を考えながら「どの場所」で何を成し遂げるかを考え続けました。

スマートソーシャル 酒井



2014年3月28日金曜日

第十一回 人生の岐路で落合さんの生き方を思った話

リクルートに入社してから
すぐに卒業後の自分の人生に直面した


自分が自分らしく好きで、楽しく生き生きとかつ社会に貢献できる仕事を行い生きて行くということのためにまずは自分のことについて考えました。
キーワードは「自己実現」です。

私が好きな人物の一人に
落合博満という野球人がいます。
最初の首位打者をとったその年から追っかけてますからかれこれ30年以上のファンです。

巨人戦しか中継のない田舎の片隅
で深夜のプロ野球ニュースを見るのが楽しみ。

ガンガンホームランを観客が全くいない川崎球場のライトスタンドに撃ち込む彼の姿は衝撃的でした。

現役時代は日本プロ野球史上唯一となる、三度の三冠王を達成、2004年から2011年まで中日ドラゴンズ監督として、すべての年でAクラス入りを果たし、4度のリーグ優勝、1度の日本一に輝いた名将です。

落合さんとお会いしたことはないのですが、ご自身の著書やテレビでのお話、そして30年以上追っかけたものの勝手な私見として、

落合さんにインタビュアーが
「好きなものを仕事にされて良かったですね」

って言うと彼は全く予想もしないリアクションをされると思います。

落合さん
「それは違うな。野球が好きだから仕事にしたのとは違う。
自分が一番好きな事がまずあって、
その一番好きな事を実現するために
一番自分がやりやすくって、
そして結果が出て、毎日やっても苦痛じゃ無くって、経済的にも一番合理的な仕事って考えた結果、それが野球だから仕事に選んだんだよ。
そして、その野球をもっと上手くするために毎日練習をし続けた。
そして結果も出した。
野球をすることで一番大事な自分が自分でいることが出来た。
それが野球が好きって見られることじゃない?」


なんともご本人が言いそうなひねくれたものの言い方ですが笑(褒め言葉)

実に言いそうです。

現役時代、あまりにライトスタンドにホームランを打った彼。インタビューの度にコースを聞かれると

「アウトコース」と一言。

びびったピッチャーがインコースを攻めるたびにこれを仕留めてまたライトスタンドへホームラン。実はアウトコースが苦手な彼は得意なインコースのボールをライトへ(引っ張って)ホームランしていた話。

監督時代は対戦相手の全ピッチャーをチャートに書き出して全試合のシュミレート。一試合一試合ごとに一喜一憂する事をしなかったという人。

常識ではこれから本番前の調整に入るキャンプ初日に実践をさせてふるい分けて行った話。

私が思うに落合さんが「一番好きな事」とは
・プロ野球は結果が求められる競技
・一番大事な結果を出すために何ができるか考え
・世の中で常識と言われていることを疑い
・結果を出すために非常にフラットに時には逆から考え
・考えた事を実践すること

これが一番好きな事じゃないかな、と思います。

つまりご本人の言葉にもありますが

「自分が自分でいること」


そして、それを一言でいうと

「自己実現」

という言葉になるんじゃないかなと思います。

スマートソーシャル 酒井