2017年2月4日土曜日
ビジネスで考えたこと。CoCo壱番屋】
久しぶりにCoCo壱番屋にカレーを食べに言った時、店内のその漫画のあまりの多さに驚いた。
私にとってCoCo壱とはカレーのファストフードの
代名詞で、食べたらすぐ出るところだったからだ。
詳しくは本文に譲るが、何故、漫画をおいているのかその秘密が晴れた。
はじめにまずは戦略ありき。美味しいカレーを出す喫茶店がいつかカレーの専門店となり、
そして
日本一のチェーン店となって行く。
・原点回帰
・アイドルタイムの有効活用
・ファストフード型から喫茶型のカレー専門店に
・一番変わったのは、詰め込み型の店舗から、ゆっくりできるように隣の席との間隔を広くしたこと
・ランチのような混み合う時間に、マンガを読んで長居されても困るが、顧客は待っている人を見ると自ら察して席を譲るそうだ。またピークのランチ時では基本的に長居できる暇のある人はそんなに多く来ない。
雰囲気を読む日本という国の事情あってだと思うが実に的を射ている。今度は漫画を読みに行ってみよう。
当然アイドルタイムで、かつカレーの他に飲み物を追加して。
https://www.msn.com/ja-jp/news/money/%E3%82%B3%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%83%81%E3%81%8C%E6%80%A5%E9%80%9F%E3%81%AB%E2%80%9C%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E5%96%AB%E8%8C%B6%E5%8C%96%E2%80%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%83%AF%E3%82%B1/ar-AAiRwGS
2017年1月27日金曜日
芸も仕事のうちだった。
新卒の当時の私は 、毎日のように開催される飲み会で
先輩、上司から強要される「芸」が苦痛でたまらなかった。
実は人見知りで人前で何かするのが苦手なので本当に辛いの一言だった。
(いまだに人見知りのところがありパーティなどは苦手なのだが)
ただ、当時の私には拒否する権限などなかった。
周りの同期もみなそうだった。
芸も仕事のうちだった。
ただ、どうも振られやすいキャラとそうでないキャラがあるらしく、
私の場合は圧倒的に前者だった。
最初は振られることに抵抗を覚えつつも、どうせやるならと馬鹿になりきり
全力でやった。時には芸要員と呼ばれながらも。
振られるうちに全力でやるうちにそのうち、人前で話すのが苦痛では無くなった。
おかげさまで、そのうち、キックオフ、宴会の司会が持ち芸にすらなって言った。
同期の相棒と新年会の芸で海老一染之助、染太郎師匠の芸を仕込んだら、思わずご本人登場なんてこともあった。
実は、起業して一番助かったのはその時の私のことを周囲の方がよく覚えていらっしゃったということ。
その時の方々からいろんなお声がけを今、頂いている。
機会というのは与えられた時にこそどうせだったら一心不乱にやるものだ。
今となっては改めてそう思う。
(※ とはいえ弊社メンバーに芸を強いたことはございません。皆さん自発的に創意工夫で楽しまれるので)
先輩、上司から強要される「芸」が苦痛でたまらなかった。
実は人見知りで人前で何かするのが苦手なので本当に辛いの一言だった。
(いまだに人見知りのところがありパーティなどは苦手なのだが)
ただ、当時の私には拒否する権限などなかった。
周りの同期もみなそうだった。
芸も仕事のうちだった。
ただ、どうも振られやすいキャラとそうでないキャラがあるらしく、
私の場合は圧倒的に前者だった。
最初は振られることに抵抗を覚えつつも、どうせやるならと馬鹿になりきり
全力でやった。時には芸要員と呼ばれながらも。
振られるうちに全力でやるうちにそのうち、人前で話すのが苦痛では無くなった。
おかげさまで、そのうち、キックオフ、宴会の司会が持ち芸にすらなって言った。
同期の相棒と新年会の芸で海老一染之助、染太郎師匠の芸を仕込んだら、思わずご本人登場なんてこともあった。
実は、起業して一番助かったのはその時の私のことを周囲の方がよく覚えていらっしゃったということ。
その時の方々からいろんなお声がけを今、頂いている。
機会というのは与えられた時にこそどうせだったら一心不乱にやるものだ。
今となっては改めてそう思う。
(※ とはいえ弊社メンバーに芸を強いたことはございません。皆さん自発的に創意工夫で楽しまれるので)
2016年4月28日木曜日
「広告のプロ 7つの流儀」
誰もが知っている人の心を動かすCMを手がけられたKさんと仕事をする事になった。
1つ1つの仕事へのアプローチは言わずもがなものすごいのだが、特筆すべきは「言葉」に対する想いだ。
自分自身の仕事を通じて得た価値観を言葉として共有してくださる。特にうちの社員に対して送っていただいた言葉は凄かった。恥ずかしながらご指導いただいてしまったがKさん自信が満ち溢れてる言葉の数々だ。
自称プロは多いがここまで毎回自問できてるだろうか?読み進めるうちに思った。どの業界職種にも通じる言葉だと。Kさんこれからもよろしくお願い申し上げます。
広告業界の仕事のスタンダードクオリティを以下にて共有させて頂きます。
1・発注、指示は1度しか聞けない
2・発注、指示内容はもれなく確実に行うことが当たり前
3・仕事のミスはありえない
4・仕事の精度、クオリティは完璧でなければいけない
5・明らかにおかしなところは気を利かせて直す
6・補足した方がいいことは先回りしてやる&伝える
7・相手に聞かれそうなことは先回りしてリサーチ&確認&報告する
これができて初めて名前を覚えてもらえる、初めて発言できる、初めて存在を認めてもらえるという世界です。限られた時間の中で、情報の精度、仕事の精度を研ぎ澄ますための暗黙のルールですね。
1つ1つの仕事へのアプローチは言わずもがなものすごいのだが、特筆すべきは「言葉」に対する想いだ。
自分自身の仕事を通じて得た価値観を言葉として共有してくださる。特にうちの社員に対して送っていただいた言葉は凄かった。恥ずかしながらご指導いただいてしまったがKさん自信が満ち溢れてる言葉の数々だ。
自称プロは多いがここまで毎回自問できてるだろうか?読み進めるうちに思った。どの業界職種にも通じる言葉だと。Kさんこれからもよろしくお願い申し上げます。
広告業界の仕事のスタンダードクオリティを以下にて共有させて頂きます。
1・発注、指示は1度しか聞けない
2・発注、指示内容はもれなく確実に行うことが当たり前
3・仕事のミスはありえない
4・仕事の精度、クオリティは完璧でなければいけない
5・明らかにおかしなところは気を利かせて直す
6・補足した方がいいことは先回りしてやる&伝える
7・相手に聞かれそうなことは先回りしてリサーチ&確認&報告する
これができて初めて名前を覚えてもらえる、初めて発言できる、初めて存在を認めてもらえるという世界です。限られた時間の中で、情報の精度、仕事の精度を研ぎ澄ますための暗黙のルールですね。
2016年4月25日月曜日
リクルート時代の私のラストボス。
敬愛してやまない小山さんが出版された本をぜひ紹介させていただければと思っております。
Mr.進学と言われとてもダンディな小山さんは一言で言うなら見たまんまのREAL 島耕作。
よく働き、よく遊ぶ。
クライアントに愛され部下に慕われ、酒を愛す方です。
赴任した先々のお客様、部下、触れ合った人々を魅了する小山さんの魅力を感じていただければと思いご紹介させていただきました。
足元にも及びませんがお客様への接し方話し方など小山さんの影響大分私受けておると思います。
巷にリクルート在籍者がリクルート時代の経験武勇伝かたる本は多いですが黎明期ベンチャーに人生を賭して入社し、お客様とともに産業を創られた方の言葉は違います。
本にはないとは思いますが小山さんの私が一番好きなエピソード。
新人時代
会社にかかってきた一本の電話から某青年社長を担当することになった小山さん。
出会いは些細なものでした。
社長と意気投合した小山さんはよく将来の事を語り合っていらっしゃったそうです。
その青年社長は自分で立ち上げた事業として学校向けの学生寮を経営されておりました。
社長を大好きになった小山さんはリクルートが主催するパーティにて社長を学校経営者にご紹介してまわられたそうです。
小山さんのご紹介によりその社長は学校の寮社宅を手がけられ、それを足がかりにのちに一部上場を果たされました。ちょうど大学や専門学校への進学者が増えたタイミングでもありました。
その会社とは。
私もよく利用させていただくドーミーイン等を運営されております共立メンテナンスさんに成ります。
現在。
小山さんは共立メンテナンスさんのグループ会社、日本プレースメントセンターの社長をされています。
会社に迎えられる際、俺は小山をずっとリクルートに預けていたんだとおっしゃった石塚会長の言葉、リクルートの先輩のエピソードに中で一番好きです。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%8D%E3%81%84%E3%81%8D%E5%83%8D%E3%81%8F%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%88-%E5%B0%8F%E5%B1%B1-%E5%93%B2%E9%83%8E/dp/4198639361/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1429931096&sr=1-1&keywords=%E3%81%84%E3%81%8D%E3%81%84%E3%81%8D%E5%83%8D%E3%81%8F%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%88
敬愛してやまない小山さんが出版された本をぜひ紹介させていただければと思っております。
Mr.進学と言われとてもダンディな小山さんは一言で言うなら見たまんまのREAL 島耕作。
よく働き、よく遊ぶ。
クライアントに愛され部下に慕われ、酒を愛す方です。
赴任した先々のお客様、部下、触れ合った人々を魅了する小山さんの魅力を感じていただければと思いご紹介させていただきました。
足元にも及びませんがお客様への接し方話し方など小山さんの影響大分私受けておると思います。
巷にリクルート在籍者がリクルート時代の経験武勇伝かたる本は多いですが黎明期ベンチャーに人生を賭して入社し、お客様とともに産業を創られた方の言葉は違います。
本にはないとは思いますが小山さんの私が一番好きなエピソード。
新人時代
会社にかかってきた一本の電話から某青年社長を担当することになった小山さん。
出会いは些細なものでした。
社長と意気投合した小山さんはよく将来の事を語り合っていらっしゃったそうです。
その青年社長は自分で立ち上げた事業として学校向けの学生寮を経営されておりました。
社長を大好きになった小山さんはリクルートが主催するパーティにて社長を学校経営者にご紹介してまわられたそうです。
小山さんのご紹介によりその社長は学校の寮社宅を手がけられ、それを足がかりにのちに一部上場を果たされました。ちょうど大学や専門学校への進学者が増えたタイミングでもありました。
その会社とは。
私もよく利用させていただくドーミーイン等を運営されております共立メンテナンスさんに成ります。
現在。
小山さんは共立メンテナンスさんのグループ会社、日本プレースメントセンターの社長をされています。
会社に迎えられる際、俺は小山をずっとリクルートに預けていたんだとおっしゃった石塚会長の言葉、リクルートの先輩のエピソードに中で一番好きです。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%8D%E3%81%84%E3%81%8D%E5%83%8D%E3%81%8F%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%88-%E5%B0%8F%E5%B1%B1-%E5%93%B2%E9%83%8E/dp/4198639361/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1429931096&sr=1-1&keywords=%E3%81%84%E3%81%8D%E3%81%84%E3%81%8D%E5%83%8D%E3%81%8F%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%88
2015年5月21日木曜日
古い手紙
facebookで過去の投稿を見ていたらこんな文章が出てきました。
およそ4年前。
起業間もないころ、インターン志望の学生に送った文章です。
今見てもつたない文章ですが、すべてはこの一通の手紙から始まりました。
この手紙をみて手を挙げてうちに来てくれた学生が当初、三人。そのうちの一人は
後に弊社の新卒社員となりました。そこからの口コミで働いてくれる仲間も増え、
この4年で社員は20人を超えるまでになりました。
そのうち、半数は僕が社会人になった頃の平成元年、二年の生まれです。
これも何かの縁でしょうか。
さて、また始めていきますかね。
こんにちは
スマートソーシャル株式会社、社長の酒井と申します。
突然ですが、日本の競争力回復につながるお仕事をできる方を探しています
私の会社はスマートフォン、ソーシャルネットワークに特化したエンジニアの紹介とスマートフォン、ソーシャルアプリのマーケティングコンサルを行っています。
私はリクルートでITとマーケティイングをミックスした事業部に在籍後、オリコンで人材事業を立ち上げ、サイバードでBtoBのモバイルマーケティングを行っていました。その経験からスマートフォン、ソーシャルグラフという新しいコミュニケーション手段が日本の国際競争力の向上のために必ずや役に立つと信じ、起業いたしました
奇しくも、創業のタイミングで国難ともいえる日本の状況に面し、今ますますその思いを強くしています。
140年前、日本は競争力の高かった絹織物で海外に乗り出し外貨を獲得しました。その資金で大学を作り、人を育て世界と渡り合いました。また敗戦で傷んだ65年前には、自動車と電化製品を輸出することで復興を果たしました。
これからは日本発で作られるスマホ向けアプリやソーシャルアプリが世界で販売され外貨を稼ぐ時代が目の前に迫ってきています。
この国を導くものはいつの時代も最新の技術力なのです。
このような状況の中、エンジニアが必要なのですが大手企業は集めるのに非常に苦労をしています。逆にエンジニアの方々は直接大手からダイレクトに募集が入らない構造があり、大いにミスマッチが発生しています。
我々はいち早くこの状況に着目し、エンジニアにダイレクトにコンタクトをとる手法を編み出しました。
皆さんにお願いしたいのは、この短期間の間に我々と一緒に大手企業のTOPにお会いし、直接、社会のニーズを伺い、また同時にエンジニアの方に直接伝えるというビジネスを一緒にやっていただきたいということです。
皆さんにとって必ず刺激的で将来にわたって記憶の残る経験ができるものと確信しております!
お会いした際にはさらに詳しいスキームを「直接」ご説明いたします。
皆さんの応募心からお待ちしております
スマートソーシャル株式会社
代表取締役 CEO 酒井禎雄
およそ4年前。
起業間もないころ、インターン志望の学生に送った文章です。
今見てもつたない文章ですが、すべてはこの一通の手紙から始まりました。
この手紙をみて手を挙げてうちに来てくれた学生が当初、三人。そのうちの一人は
後に弊社の新卒社員となりました。そこからの口コミで働いてくれる仲間も増え、
この4年で社員は20人を超えるまでになりました。
そのうち、半数は僕が社会人になった頃の平成元年、二年の生まれです。
これも何かの縁でしょうか。
さて、また始めていきますかね。
こんにちは
スマートソーシャル株式会社、社長の酒井と申します。
突然ですが、日本の競争力回復につながるお仕事をできる方を探しています
私の会社はスマートフォン、ソーシャルネットワークに特化したエンジニアの紹介とスマートフォン、ソーシャルアプリのマーケティングコンサルを行っています。
私はリクルートでITとマーケティイングをミックスした事業部に在籍後、オリコンで人材事業を立ち上げ、サイバードでBtoBのモバイルマーケティングを行っていました。その経験からスマートフォン、ソーシャルグラフという新しいコミュニケーション手段が日本の国際競争力の向上のために必ずや役に立つと信じ、起業いたしました
奇しくも、創業のタイミングで国難ともいえる日本の状況に面し、今ますますその思いを強くしています。
140年前、日本は競争力の高かった絹織物で海外に乗り出し外貨を獲得しました。その資金で大学を作り、人を育て世界と渡り合いました。また敗戦で傷んだ65年前には、自動車と電化製品を輸出することで復興を果たしました。
これからは日本発で作られるスマホ向けアプリやソーシャルアプリが世界で販売され外貨を稼ぐ時代が目の前に迫ってきています。
この国を導くものはいつの時代も最新の技術力なのです。
このような状況の中、エンジニアが必要なのですが大手企業は集めるのに非常に苦労をしています。逆にエンジニアの方々は直接大手からダイレクトに募集が入らない構造があり、大いにミスマッチが発生しています。
我々はいち早くこの状況に着目し、エンジニアにダイレクトにコンタクトをとる手法を編み出しました。
皆さんにお願いしたいのは、この短期間の間に我々と一緒に大手企業のTOPにお会いし、直接、社会のニーズを伺い、また同時にエンジニアの方に直接伝えるというビジネスを一緒にやっていただきたいということです。
皆さんにとって必ず刺激的で将来にわたって記憶の残る経験ができるものと確信しております!
お会いした際にはさらに詳しいスキームを「直接」ご説明いたします。
皆さんの応募心からお待ちしております
スマートソーシャル株式会社
代表取締役 CEO 酒井禎雄
2015年4月17日金曜日
ホットペッパーを作った人たち
ホットペッパー立ち上げに参加された方からいい話を聞いたので
シェアさせいただきます。
僕は生まれ育った新潟に20年ほどいてそれ以降もっとながく、東京、
大阪、などの大都市圏で働いています。そこで手にする情報はそれこそ
洪水のようにあり、伝え聞いた情報を頭ごなしに信じてしまいがち。
自ら足を運んで、自ら見て、自ら感じ、自らの言葉で伝えていく。
そんなことを思い出しました。
ホットペッパーの準備室で微力ながら立ち上げに関わっていたので、確かに当時のRはこの事業をやるのかどうか揺れていたところはあったと思います。360が赤字だったころ、続けるのか辞めるのかRが悩んでいたころですね。
しかし、各地の現地の多くの女性に直接会い、儲かっている版元長に丹念に話を聞き、360のメディアの再設計をして「これはRとして大義がある」「かつもうかる事業だ」と準備室の多くのメンバーが思えたことが、あの事業がGOに至ったところだと思います。
経営が定義しなくても、現場が市場に直接足を運んで、「これも情報が人を熱くする、という立派なRの事業だ」と定義できる強さが、当時のRの現場にはあったと思います。
実際、私も札幌、仙台、新潟、長岡、横浜、長崎と色んな都市の女性のインタビューを行いましたが、彼女たちにとっては、短い独身時代や、子どもがいない時代が、短い「ハレ」なんですよね。
事務職やサービス職で、手取り14万円とかで。家に5万入れて、貯金して、交通手段も車しかないから、ガソリン代も払うと、手元に残るのはわずかしかない。
その中でやりくりして、呑みに行ったり、美容室に行ったり。
「美容室にあと1回行けたらいいな」
「友達の呑みの誘いを断らずにもう1回行けたらいいな」
そんな彼女たちにとって、ホットペッパーはバラ色のメディア。
プロトタイプの見本誌を見せたら「これ絶対欲しいです!」「いつ出るんですか」「これがあったら地元の生活も楽しくなります」
そういう熱い地方の女性の声が、今でも忘れられません。
2015年3月31日火曜日
リクルート入社して26年目の気づき
先日、リクルート時代の先輩と会食させていただく機会があった。
会食という名の飲み会は在籍中からもしょっちゅうあり、
最近は同窓会という名で、大規模のパーティなども頻繁にある。
パーティはともかく、 ある程度の人数の飲み会も年甲斐もなく大騒ぎに
なることが当たり前で(自分も率先してはいるが) とてもゆっくりと話を
する雰囲気でもない。
その日も、ともすると思い出話と大騒ぎになりそうな中、 仕事の相談をしながら、
どうしてもその先輩に聞いてみたかったことをきりだしてみた。
「どうして先輩はあんなに大型受注を挙げられたのか?」
大型受注をあげられながら私が入社そこそこの時期にスタッフに
異動された先輩にお話をうかがうタイミングを逸し、 26年ぶりの率直な質問であった。
新卒で配属された事業部は企業むけに通信回線を提案する事業部だ った。
オーナーの江副さんの肝いりで、 新規事業として若手社員を中心に1000人以上の人員が投入され
一気にマーケットシェアを奪い取って行く最中だった。
私たちが入社した平成元年には営業も一息つき、 営業の絶対数と見込み顧客の数も
逆転し営業が飽和し営業マン同士の社内バッティングが日常茶飯事だっ た。
今でいうところのレッドオーシャンだろうか。 見込みのあるお客様は社員数と営業拠点数が電話回線に比例する
ので皆が狙い撃ちする。
だからおのずと営業対象先も限られてくる。
我々新人営業マンの仕事といえば早朝深夜ぼろぼろになった帝国年 間をコピーすることからはじまる。
いかに旧人が営業していない手垢のついていなお客様にアタックで きるか?日夜同期で議論を重ねたものだ。
そんな中、 その先輩は地方の大手企業の大型受注をドンドンきめていた。
当然地方にもうでききの営業マンがおり、 日夜アプローチをかけている。
また、 東京のTOP営業マンたちも隙あらば地方に出張をかけねらってく る。
お客様にたどり着く前に社内の競争に勝たなければという状況だっ たのだ。
なぜ彼女だけあんなにも決められたのか?
26年ぶりに教えてもらった種明かしは実に明快なものだった。
1・東京には大企業、そして本社も多いが競合(社内外も含めて) も多い。
2・お客様は断るのが仕事になっている
(売れない営業はその中で何回もアプローチすることに満足)
3・そこで地方の大手企業をターゲティング( ここまではやる人もいる)
4・ 地方の大手企業本社にはその人しかわからない社内電話回線のヌシ の人がいる
5・そのヌシの人が防波堤になり営業マンをストップする( 自分の仕事を邪魔させないため)
つまり、そのヌシの人を(気持ちよくさせたまま) 突破しなければ受注はあり得ない。
そこで先輩がとられた手は
6・東京をはじめ大都市の支社長あてに営業する
7・支社長は自分自身の仕事ではなく決定権がないものの、 選りすぐりのエリートである。
8・ 彼らはやがて本社に帰り経営層になるべく鍛えれれており問題意識 が高い。
つまり、 総務にアタックしたら後回しにされる通信コストの削減も彼らにと っては
(=利益貢献)となり、 売り上げを何倍にもあげるほどのインパクトを持つのだ
9・そのため支社長は喜んで通信量の把握に協力することになる
その後、先輩は
支社長の協力を取り付け、通信量を把握し、 全社の通信料金のシミュレーションを行い
その結果莫大なコスト削減(=利益貢献)を明確にしたうえで、 ヌシの人に会いに行く。
会社の通信設備に一生を捧げ、 守り抜いた彼の会社への利益貢献という名の手柄にしたうえで
決済を上げさせる。
なんとすごい戦略だろうか。
1・敵がいないところにアポを取り
2・後々、会社を支える人々(理解力もあり、スピードも速い) を味方につけ
3・エリートである彼らの協力のもとに、 現場の超キーマンの手柄にして敵を作らずGOALまで一直線
彼女がこの仕事をまとめたのは新入社員であり当時の上司も7年目 (30歳前後)だというのだ。
私ははたとはしを落とし、その驚きに言葉がなかった。
そしてそのあと彼女が言った言葉がさらに衝撃的だった。
「この話ってガルコン(社内論文)に書いてて、 それで賞もらったんだよ。有名な話。読まなかった
私のガルコン」
・・・・・・・・
我、見れども見れず。当然読んでいたはずだが、 当時の自分がいかに何も考えていなかったかと同時に
形だけをまねしようとしていたことが分かった。
物事の本質を今一度見つめてそのれに対し真摯に対峙していこうと 26年ぶりに思いました。
M先輩、気づきをいただきありがとうございます。
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